リリパ会場で販売したZINEの内容とほぼ同じです。ZINEはtypoなど多々ありすんませんでした。100部完売。ミスもそのままのデータは以下からご参照ください。
<はじめに>
2023年春、色々なきっかけによって、新卒から働いていた会社を退職し、しばらくは音楽で食べていくことになった。自分の人生が転がっていく方向が、こんなにも予想のつかないものになるとは思っていなかったわけである。折角なので、この経験そのものをテーマに音楽作品を作ることにした。
選択肢そのものは偶然降ってきたようなものであるが、それを受け方向転換をすることを決めたのは極めて能動的であった。しかし進む先の様子はいまいちよくわからない。そんなことを考えているさなか、街中のカーブミラーで自撮りしている人を見かけたのである。
カーブミラーは見通しの悪い曲がり角に設置される。凸面鏡によって、曲がらずして曲がった先の様子を見ることができる。でもそんなに遠くまでは見えない。鏡であるので自分の姿も写っているが、ぐんにゃりと歪んでいて少し間抜けである。大体は支柱がオレンジであり、矢印と共に”注意”と書かれた札が取り付けてあったりする。そのなんともいえない姿になんらかのコミカルさを見出し、いたく気に入ったので、これをモチーフにすることに決めた。思いついた日にそのままリード文を書いた。そこから先は特に深く考えることなく、6曲の楽曲を制作した。
人生とは数奇なもので、時には思いもよらない選択をすることになります。そんな時に、行こうとする曲がり角の向こうをカーブミラーが映し出します。でもその像は、若干歪んでいて、なんだか嘘っぽいし、進まなかった方向の景色を見せてはくれません。
<凸>
コロナ禍の真っ最中、DJのBatsuくんとパソコン音楽クラブの西山くんの自分の3人で金を出し合い、大阪の淡路にいきなり配信用の物件を借りた。トマソンスタジオと名付けられたその場所は、自粛生活からくるストレスのはけ口としてふんだんに機能した。友達を呼んで、ガラクタを並べ、たいして音楽もせずに好きに過ごした。
2020年5月16日(土)、トマソンスタジオの活動の一環として、配信イベント”Music Unity 2020″ のため、in the blue shirtのライブセットの配信を敢行した。部屋の一角の建てられたOSB合板をバックに、らしお(osirasekita)の演出アイディアのもと、siroPdの作ったVJ素材にのせ酒を飲みながらへらへら音楽を再生した。インターネットの開通が間に合わなかったため、有村私物のポケットwifIの貧弱な電波にのって、盛大な音ズレと共にその怪映像はインターネットに放たれた。
今もインターネットにアーカイブされているその動画の中の自分は、あまりにセルフデフォルメされており、見返してもいまいち他人のようである。しかしながら、退屈であったコロナ禍において、過剰に楽しい体で振る舞う誇張した自らの姿に、現在のリアルの自分が、今だに引っ張られているような気がしてならない。カーブミラーをモチーフに選んだ理由の一つに、そんなトマソンスタジオの思い出がある。
1.Windfall
EUが石油・ガス高騰によって恩恵を受けたエネルギー関連の企業にウインド・フォール課税(=windfall-profit tax)を課した、といった旨のニュースをふと目にした。"windfall"ってなんやねん、と思い調べると、風が吹いて落ちた果実を手にする、要するに棚からぼた餅的な臨時収入を表す表現らしい。気が向いた時間に起きて気が向いただけ仕事をする今の暮らしはまさに棚ぼた的であり、これはちょうどいい、とタイトルに採用し、曲を作り始めたのである。
2023年の暮れにリリースした"Cold December”という楽曲にて、"You-Me / Heart-Beats / Stays with me”と歌われている部分の、1度の音に対してだんだんメジャートライアドの音が積まれていくアレンジをもう一回擦りたかったため、全く同じ手口をギターでやっただけという曲である。間抜けなほどに平坦なドラムマシンのシーケンスにギターをのせる、というやり口も好きで昔からよくやっている。
本作の6曲中もっとも先に作り始めたわけであるが、ギターを録音するのがめんどくさいという理由で半年放置され、熟成した末に改善がなされたということもなくほぼそのまま進行。さらに元々ははEPの頭に「曲がり角で行き先を決めるためにコイントスを実施する」といった設定の短いイントロ用のトラックを収録するつもりであったが、天から小銭が降ってきたということにしてこの曲の冒頭にくっつけてしまった。横着の果てに完成した楽曲であるが、ボーカルエディットだけは随分と真面目に取り組んでいる。サビ以外は全メ口裏アクセント、サビは逆にほぼ拍頭にアクセント。なんとなく間抜けな感じを出したくて無責任に「Have a good time」と言わせている。小銭を拾って大喜び。
2.Close to me
一切のmidi打ち込みを用いず、オーディオ素材の切り貼りのみで曲を作ろうという趣旨で制作開始。オーディオ編集のみという制限はもはや縛りプレイといった感じにすらならず、昨日はゼルダやったし今日はスマブラやろう、くらいの話である。とはいっても楽器を弾いて曲を作るのとは競技が違うのも事実である。とにかく、楽しく音楽制作を続けるコツは、飽きたら目先を変えることである。
ヒップホップにおけるチョップ&フリップのような、刻んだ素材をシリアルに再構楽していくだけでなく、この曲のように全く関係のないサウンドをレイヤーしていくパラレル組みのスタイルの礎になったのはThe Avalanchesの諸作品であるが、参照元である初期の彼らと全く異なる質感でいろいろできるようになったのは最近の自身の成長である。全く異なるテクスチャの異なる、全く関係のない空間でなっているサウンドの素材を当時に鳴らすことはサンプリングミュージックの妙であると思っていている。メインのブレイクビーツとフィルのドラムサンプルは全く違う素材であるが、それを並べてスムースに聴かせたいみたいな望が常にある。
『in my own way e.p.』収録の"in my own way”で3連系のリズムの混ぜ方の試行錯誤にハマって以来、『Park with a Pond』の"Forward Thinking”のように4/4拍子の最中に気晴らしに6/8をぶっ込んだりみたいな使い方をやたらとするようになってしまったわけであるが、今回も例に漏れずそんな感じである。毎回同じで芸がないため今回は16分のアコギのシーケンスも重ねて4/4のバイブスも同時にステイし、でも変なリズムとはなるべく感じないように、といった塩梅を目指した。
3.Boo-Boo
イベント出演で福岡に行った際に立ち寄ったGROOVIN福岡店で、レーシングがどうのこうの、と書かれたレコードが売っていた。「カーブミラーつってんだから車要素があるといいよなー」と肥やしになればとなんとなしに購入したわけであるが、中身をみると盤面はホイールが模されたピクチャー盤であり、モナコやル・マンでのレースの実況とマシンの走行音だけがひたすら収録された狂気のレコードであった。そのままサンプリングするわけにもいかず放置。
後日Star Slinger - Take This Upのもう少しバカっぽい版を作りたいなと思っていた最中、First Choiceの76年作"Gotta Get Away(From You Baby)”のサンプリングが可能であることを発見しかなりラフなカットアップにて作成。
バカっぽい808ベースtrapからバカっぽい4つ打ちに向かうという構成は既定であった。4つ打ちの箇所をさらにふざけた感じにするための策を講じていると急にレコードの存在を思い出し、ヤンキーの暴走みたいにブーブーいわせればよいのでは?と思い立つ。Spliceで車の走行音を拾ってきてブンブン言わせてもいまいち面白くならず、不護慎なことに「car crash」というアホすぎる検索ワードで手に入れた車の事サウンドを散りばめることで所望の雰囲気に到達。
メタ的にキッズが騒いでる感じにしたいという思いで"Nanny Nanny Boo Boo"(幼児向けのはやし言葉、べろべろば一的な)というループを入れてみたところさらにふざけた感じを醸すことに成功した。結果として子供がトミカ的なもので遊んでいるみたいな構図にできて満足。トミカにとっては子供は怪獣である。ブーブー!
4.Into Deep(what I need)
“Close to me”でカットアップでのレイヤー遊びを済ませたので、今度は古き良きMPCスタイルのヒップホップ風チョップ&フリップでの制作。直球ブーンバップを作るのもなーと思ってドラムは16ビートに。刻んだウワモノは並べ替えるが重ねない。単純にグルーヴのことだけ考えていれば良いので楽しい。100トラックとか重ねるのが当たり前な昨今において、別に2~4トラックとかで曲が完成してしまうのだからすごい。
J DILLA以降のズレたスモーキーなビート・・・みたいな話はもう自分からいまさらするまでもないわけであるが、ヒップホップのキック&スネアのズラしというのは本当に単純かつ深淵で面白い。ひと回し目のフックが明けてからやりすぎなくらいビートをヨタヨタさせたのち、メインのボーカルループがやや崩れて入ってきて、元々のパターンに戻っていくというルートを思いついてから、実際にいい感じになるまでグルーヴを調整するのはかなり楽しかった。
クールなビートを組めるトラックメイカーはたくさんいるし、チョップ&フリップを得意とする人もまた然りであるが、じゃあそれにサンプリングボーカルの刻みをのせてどうにかしようという人間は世の中にそうおらず、この作風は人のいないブルーオーシャンといってよい。
獲得した謎の作風というのはだだっ広い海である。そこに生き物がさっぱりいないのは、辿り着いてもたいした利得がないからである。しかしそんなことは特に気にせずに、その誰のいない領域を泳いで遊ぶ。なるべく深く行けるように繰り返す。必要なことはそれだけである。
謎の正方形MVも作った。形状モーフを単純な編集のみで見せたかったが頑張りきれなかった。またやる気がする。
5.Place for Us
ピッチアップされたボーカルをエディットして曲を作りまくっているわけであるが・その動機はなんなのかを考えるとかなり謎である。エディットに関してはカットアップが面白いから、でよいが、音程に関しては上げる必要はあるのかという疑問が生じてくるわけである。
これに関しては2つの理由があり、単純に音色として好きだから、というのが、1つ目、もう一つは、音程を上げることで、様々なボーカルが持つ声色の違いというのが消滅して、ヘリウムガスを吸ったような似通ったサウンドに収斂していくことから、匿名性みたいなものが生じてくるのがうれしいからというものである。じゃあここで、なかなか似通ったいつもの感じにならなさそうなボーカル素材を選んでみようというのがこの曲のスタート地点であった。アカペラ素材ですらない、かなりソウルフルな声でがなっている男性ゴスペルシンガーの楽曲のライセンスを取得し、編集してメインのボーカルパターンを生成。狙い通り、どうピッチを上げ下げしてもいつも通りの感じにはならない。
トラックに関してはHANDSOMEBOY TECHNIQUEの楽曲が持つバイブスを意識した。誤解を恐れずにあえて乱暴な語彙を使うなら、エモい感じにしたい、ということである。機械的なニュアンスを残したドラムとベース、古臭いシンセブラス。
Special Place!と歌われており、じゃあ京都やなということで京都府と京都市と形状をトレースしてグラフィックを作った。転勤族であり、住んできたあらゆる街に地元意識があまりない自分にとっての唯一の拠り所である。モラトリアムを過ごした街としてのの神性はすっかり薄れてしまったが。
6.Over
普遍的な手法かと思ったら、実はどちらかというとその時代特有のムーブメントでしかなかったジャンルというのは意外とあって、自分の中でのそういうものの一つがシューゲイザーである(異論はあると思う)。結局あれはMy Bloody Valentineとその余波でしかなかったんや、みたいなことを考えていたのである。そんな中、音を積極的にクリップさせる、いわゆる音が割れたサウンドを用いる最近のムーブメントと、かつてのシューゲイザーを、自分は似たような箱に入れて聴いていることにふと気がついたのである。
人生に対しての不安や焦燥感、強い喜びや悲しみ、怒りなど、とにかくなんでも良いが、抑えきれない感情のアナロジーとして、過剰な音像というのは相性がよい。強い感情というのはいつだって頼されておらず、とにかく器から溢れ気味であるので、音量的にオーバーロードさせて歪ませたり、原型をとどめないくらいエフェクトをかけたりすることで、そういったフィールを想起させることが可能になったりするわけである。
そういった”溢れ気味”の感じは、往々にして整頓されていない。タバスコをかけすぎて、元の料理の味がよくわからなかったりしている状態に自分は強い魅力を感じる。馬鹿でかいサウンドが突然後ろで鳴りだしたせいで、ボーカルがよく聴こえなくなってしまったみたいな、調和が乱れているさまはいつだって魅力的に感じる。昂って声が裏返ってしまう、怒りすぎて笑ってしまう、徹夜しすぎて逆に眠くない、みたいな感じを、若さからくる青さみたいなものを伴わせずにうまいこと出せたらな、と思いながら作ったこの曲で、EPは終わる。
アートワーク
自分のやっているPotluck lab.という音楽制作のワークショップで知り合ったhyper thanks bomb経由で知り合ったシマブクという男に依頼をした。頼むのはこれが初めてではなく、2022年作「Park with a Pond」収録のシングル"Fidgety”のジャケットも彼が担当している。
活動する上で、ユーモア成分というのは常々意識していて、とにかく何においてもシリアスになりすぎることが嫌な性分であるから、in the blue shirtの音楽や、それにまつわるものは、ある種の軽薄さというか、なんならうっすらふざけている感じが伴っていてほしいと感じている。そういう意味で、シマブクの独特のユーモアのあり方が自分は好きである。
カーブミラーがろくろっ首のようにクネクネしている様は、ひょうきんさみたいなものを多分に含んでいる。なんとなくどこ向いてんねん、と突っ込みたくなるような感じもよい。加えて、これまでなんとなく青っぽい(青面積が多いグラフィックばかりを使ってきたので、今回のこの赤さは新鮮である。一方で、彼が何を思ってこれを作ったのかの話はいまだにちゃんと聞いていない。